2009.06.23
SAPIX(サピックス)・日能研・四谷大塚の
偏差値から見る中学受験
今回は「偏差値」に焦点を絞って、大手塾の間での数値の違いや、偏差値の解析の仕方などをお伝えします。生徒さんはもちろん、保護者の皆さんにとってもこの「偏差値」は極めて大きな意味を持っていることは言うまでもないことです。特に6年生の生徒さんにとっては、これから公開模試の回数が次第に増え、その度ごとにこの「偏差値」を目の当たりにすることになります。厳しい数字である反面、偏差値の向上を目標にすることで、生徒さんのモチベーションアップにつながる効果もあります。
重要な意味を持つ偏差値ですが、毎回の数値の変化に一喜一憂するだけで、模試の見直しをせずに、数値変化の原因・本質に目を向けないままでいることは本末転倒と言うほかなく、残念ながら模試を受ける意味はなくなります。たとえ数値が厳しい結果を表していたとしても、保護者の方々がそれを冷静に受け止めなければ、生徒さんは心を乱すのみです。大事な数値だからこそ、「偏差値は冷静に受け止める」ことを徹底する必要があります。そのうえでも、中学入試での偏差値の持つ意味を適確に把握することが不可欠となります。
そこでまずは、大手塾の中からサピックス、日能研、四谷大塚を取り上げ、それぞれが公表している偏差値の違いについて触れてみます。
1.サピックス・日能研・四谷大塚の偏差値の違い
同じ学校でも、塾が発表する偏差値には違いが生まれます。皆さんの中でも「サピックスは数値が低く出る」といったイメージだけでも聞かれたことがあるかもしれません。実際に現段階で発表されている塾の偏差値から、いくつかの例を取り上げてみます。なお、サピックス、日能研がいずれも「2010年度入試・予想偏差値」であるのに対して、四谷大塚は「2009年度入試・結果偏差値」となっています。予想偏差値と結果偏差値には毎年若干の違いが生まれますので、2009年度のサンデーショックの影響を受けて、数値の変動が極めて多い女子は割愛し、できるだけ予想と結果の差が大き過ぎない、2月1日・2日の男子校からデータを取り上げます。
(例)
- 開成:四谷大塚69、日能研71、サピックス66
- 聖光学院:四谷大塚67、日能研68、サピックス63
- 栄光学園:四谷大塚66、日能研68、サピックス62
- 麻布:四谷大塚65、日能研67、サピックス62
- 慶應普通部:四谷大塚64、日能研65、サピックス60
- 浅野:四谷大塚63、日能研65、サピックス59
- 武蔵:四谷大塚63、日能研63、サピックス55
- 海城:四谷大塚61、日能研61、サピックス55
- 巣鴨:四谷大塚54、日能研55、サピックス47
男子御三家のうち開成、麻布、神奈川御三家の聖光、栄光、浅野、近年高い人気を誇る海城、さらには慶應普通部で、日能研とサピックスの差が5から6あり、武蔵、巣鴨では8の差、巣鴨に至ってはサピックスでは偏差値50を割ってしまう、という結果になっています。
こうした違いの要因は、単に塾の進度、難度の違いだけでなく、各学校を受験する人数の違いなども含まれています。例えばサピックスで武蔵を受ける生徒さんが比較的少ないと言われることがあります。ただ、ここではそうした違いの原因に言及することが本意ではありません。それぞれの塾に在籍する中で、それぞれの偏差値を目標値として設定すればよいのですから、他塾の偏差値との違いに敏感に反応することは避けるべきでしょう。
それよりも、ここで塾によっての偏差値の違いを示したことの趣旨は、あくまでも毎回の模試の偏差値に振り回されないための予備知識を持つことにあります。特にサピックス生の保護者の方々には、偏差値が50に満たない、といった数字だけで悲観しないで頂きたい、ということを強く申し上げます。偏差値が50を切るといった現象は、平均以下のイメージばかりが先行しますが、あくまでもサピックス内での数値です。上記の巣鴨以外でも、攻玉社・城北・世田谷学園といった、四谷大塚で55前後に属する人気校が、サピックスでは揃って48となっています。サピックスの生徒さんは、数値が低く出たからといってそれだけで悲観したり萎縮したりせず、あくまで塾の中での自身の目標値をしっかりと設定して、その数値に近づけるにはどこをどう改善すべきか、をしっかりと考えながらテストの見直しをすべきです。
日能研の生徒さんも数字に振り回されないように注意すべきという点では同じです。例えば巣鴨を第一志望にしていたとして、センター模試の偏差値が50であった場合、サピックスの基準で言えばしっかりと超えていますが、日能研偏差値ではまだ5足りません。この違いは謙虚に受け止めて、どの問題を得点していればあとどれだけ偏差値を向上させられたのかを念頭に置いて模試の見直しをしましょう。日能研の生徒さんは受験本番までサピックスの生徒さんと相まみえることはありません。敵を意識しすぎることは禁物ですが、サピックス生が厳しい数値の中で戦っていることを頭の片隅には置きながら、まずは日能研内での偏差値をどのように上げて行くかを、具体的に振り返るようにしましょう。
2.高校受験偏差値は貴重なデータ
中学受験に関する情報誌を見ていると、「お得な学校」といった言葉をよく目にします。あまり響きのよくない印象ですが、何を以ってお得なのでしょうか。もちろん学費の負担が少なく、それでいて十分な環境が整っていれば、それもお得とも言えますが、主に意味する内容としては、一般にあまり知られていないメリットがあること、を総じて指していると言えるでしょう。その中でも特に「中学受験での偏差値は決して高くないものの大学受験の実績が高い」学校について、お得、と言うことが多くあります。ここで『週刊朝日2009年4月10日号』に掲載されたデータで、大学合格実績をまとめたものがあります。内容としては、「東大+京大の実績が卒業生対比で10%以上」の学校をAA、「旧帝大+東工大+一橋で10%以上」をA+、「東大+京大に二桁以上」をA−、といったランク分けをしているもので、ご覧になった方も多くいらっしゃるかと思われます。この中でAAには男女御三家、筑波大駒場、駒場東邦、栄光、聖光、浅野、海城といった学校が並びますが、A+を見ると、巣鴨(四谷大塚偏差値54、以下同)、城北(55)、攻玉社(55)、桐蔭中等教育(54)といった学校が出てきます。これらの学校は、お得と呼ぶのはためらわれるほどの名門校ですが、このA+ランクには他に私立中高一貫校では、渋谷教育幕張、サレジオ、渋谷教育渋谷といった面々が並ぶだけに、巣鴨や城北が中学受験の偏差値から判断される以上のパフォーマンスを見せていると言えるでしょう。ここに、中学受験の偏差値だけにとらわれていては、大事な判断が難しくなる要因のひとつがあります。
この「中学受験偏差値だけでは大学進学実績は判断できない」ことをさらに裏付けるうえで、「高校受験偏差値」を参考にすることができます。中学募集のみで高校受験のない学校については本内容に該当しませんが、今でも多くの学校が高校受験を行っています。そうした学校の中で、中学受験の偏差値と高校受験の偏差値に大きな違いがある、特に高校受験で大きく数値がアップする学校があります。公立中学校3年生のほとんどが参加する高校受験と、受験人数が大きく増えているとはいえ、まだその割合が全小6人口の17.8%(四谷大塚調べ)である中学受験では、偏差値の数値だけで意味するところを単純に比べることは難しいと言えます(偏差値が同じ60でも、中学受験は限られた上位生の中での60なので、より高い評価となる、など)。
それでも高校同士を比べる相対評価としては十分に参考になります。また、高校受験の偏差値が高いということは、高校での大学進学へ向けたカリキュラムがある一定以上の評価を得ていると判断することができるでしょう。 以下にいくつかの例を挙げてみます。なお偏差値のデータですが、中学受験→四谷大塚2009結果偏差値、高校受験→都標準偏差値を基準としています。 ここでは、偏差値そのものの値と、上がり幅から以下のように分類してデータを取り上げます。
@中学受験偏差値50台→高校受験偏差値70台 ※( )内はアップ率、以下同
- 巣鴨:54→70(29.6)
- 昭和学院秀英:男子57・女子60→73(28.1)
- 桐朋:59→73(23.9)
- 立教池袋:59→70(18.6)
A60台→70台
- 青山学院:男子58・女子62→72(24.1)
- 海城:61→75(23.0)
- 明治大明治:男子60・女子63→72(20.0)
B40台→60台
- 東海大浦安:男子40・女子41→60(50.0)
- 東京電機大学:男子48・女子49→61(27.1)
C50台→60台
- 山手学院:男子52・女子54→69(32.7)
- 獨協埼玉:男子48・女子50→63(31.3)
- 国学院久我山:男子52・女子55→68(30.8)
- 城北埼玉:53→69(30.2)
- 成城:51→66(29.4)
- 成蹊:男子52・女子57→67(28.8)
- 専修大松戸:男子53・女子55→68(28.3)
- 城西川越:50→63(26.0)
- 城北:55→69(25.5)
- 青陵:男子52・女子54→65(25.0)
上記はあくまでも一例であり、千葉や埼玉の学校については高校受験の位置づけがより高い状況にあることなども考慮が必要ですが、偏差値を見ての学校の評価については、決してその学校の入口だけでなく、6年間を通して、過程や大学進学実績を見据えるべきと言えるでしょう。
また、高校受験の偏差値が高いということは、高校から極めて優秀な生徒さんが入学してくることになります。学校側からすればより高い基準に合わせて授業を進めますので、中学に入学して、すっかり気持ちを抜いてしまうと、高校に進んでから勉強面で大変過酷な状況になってしまいます。逆に、中学に入ってから学校の勉強をしっかりと積み重ねた生徒さんは、高校に入っても学校の厳しいカリキュラムについてゆくことができます。中学入学時の偏差値などは、その後の過ごし方でほとんど意味をなさないものになるとも言えるのです。中学受験がゴールではなく、あくまでスタートであることが、偏差値を見ても納得できます。
3.数値だけに左右されないこと
これまでは、偏差値を広い見地で見ることで、学校の選択や、目標値の設定の仕方により広がりが持てることをお伝えしてきました。ただ、夏休み前のこの時期では、志望校の偏差値も気になるものの、それ以上にいかに生徒さんの偏差値を上げるか、に保護者の方々のお気持ちも集中していると思われます。
偏差値を上げるにあたって裏技や特別なテクニックはありません。言い尽くされていることですが、とにかく地道な積み上げをする他ない、ということになります。
ただし、ただやみくもに演習を進めていても生徒さんのモチベーションは上がりません。目標を設定するかしないかで、生徒さんの勉強に向かうエンジンのかかり具合は大きく変わるでしょう。その目標を、例えばサピックスのマンスリーで高得点を取って、クラスを上げることとしてもよいでしょう。日能研で少しでも席順を前にすることでも。もしも目標として、偏差値の数値を具体的に設定するのであれば、現実と離れすぎた数値を、短い期間での目標値として無理に設定することは避けるべきです。
実際にテストの見直しをしてみるとわかることですが、点数の上がり幅と比べて、偏差値の上がり幅は決して大きくはありません。点数が10点アップしたとしても上がる偏差値の値はほんのわずかにすぎないことがあります。それだけに、生徒さんからすると、テストで頑張ったという自負があり、かつ点数&偏差値もわずかでも確実に上がった、それなのに目標とする偏差値が高すぎたために届かなかったとなると、それでも自信を失ってしまい、大事なモチベーションも下がってしまいます。
無理な目標は設定せず、また数値が少しでも上がった際には、「これだけしか上がらなかった」ではなく「しっかりこれだけは上がった」ととらえて、生徒さんにもはっきり伝えることが、これからの積み重ねではとても重要になってきます。生徒さんにとって「自信」は極めて重要な起爆剤になります。偏差値の目標値はできるだけ細かく設定して、生徒さんに達成感を味あわせることを、有効な刺激としましょう。
そうして目標を設定したものの目標値に到達しなかった、といった場合でも焦りは禁物です。必ず原因を追究しましょう。例えばセンター模試の目標偏差値を55にしていたところが49だったとします。50を切ってしまったことで動揺してしまいそうな気持ちはわかりますが、そこは一呼吸おいて、生徒さんの解答をよく見直してみましょう。算数の単位間違い、漢字での消し忘れなど、意識することで直せる問題を積み重ねてみれば10点くらいに集積できることがあります。ここで気をつけるべきは、「何でこんな問題で間違えるの」と生徒さんを責めてしまうこと、あるいは逆に「あと10点あれば55に近づいたのにね」といった言葉だけで終わらせてしまうことです。前者が生徒さんを追い詰めてしまうことは明白として、後者のように、過度に現状を軽視することも危険です。生徒さんが自分には本当は力かあるが、たまたまそれが出なかっただけ、と間違った確信を持つことは、それからのテストへの取り組みによくない影響を及ぼしかねません。テストには適度な緊張が必要です。自らへの過信は緊張の効果をなくしてしまいます。「テストには、たられば、はない」の鉄則を徹底しましょう。
そうした点に注意したうえで、あとは徹底的に具体的な分析を生徒さんと進めましょう。この問題は「今の時期は」できなくても構わない、この問題は必ず取る、といった問題の色分けをしたうえで、取るべき問題の失点を合計することで、今の生徒さんの具体的な目標値が定まります。先の例でその数値が53だったとします。そこで55に満たない2の値よりも49からプラスできる4を強調しましょう。その4を確実に取るために、その後の演習で何に気をつけるべきかをじっくりと定めてゆくことが重要になります。
生徒さんは感情的な抽象論には、反感を持つのみです。「何でこんな偏差値なの」といった言葉ばかりを聞かされていると、本当に力が出せなくなります。「これだけしか取れていない」ではなく、「まずこれだけ取れた」ことを認めたうえで、「あとこれだけ取るにはどうするか」を具体的に生徒さんと見極めてゆくことで、目標を設定してゆきましょう。
偏差値は重要な結果であるとともに、貴重な分析資料であることをもう一度見直したうえで、夏に向かって体勢を固めて行きましょう。