「考える力」が中学受験で試される理由(後編)
前編では「考える力が必要とされるようになった理由」について考えました。後編ではその「考える力」とはどんな力か、またその「考える力」をどうやって伸ばせばいいかについて考えてみることにします。
【新しい人材】
21世紀に活躍できる人材はどのような人でしょうか。まずは膨大な情報から必要な情報を選別・分析して活用する力(=情報リテラシー)の優れた人です。それから得た情報を自分の頭の中で処理し何かを付け加えて出力する力も必要です。前者は入り口で、後者は出口に相当します。また現実に直面する問題は、テストと違って正解のない問題ばかりです。様々な選択肢からこれというものを選んで、試してみてダメなら別の方法を試す。このように試行錯誤をしながらできるだけ早く最適解にたどり着く力も重要です。
情報に付加価値をつけて発信するには、記述力・表現力も必要です。現代の職場は専門性が細分化しています。専門外の人にわかりやすく伝える力がものを言います。プレゼンテーションや議論により他人を説得することもできないといけません。さらには、いくつかの選択肢から次のアクションを選択する場面で決断する力も必要です。自分が任された範囲では誰も助けてはくれません。
以上のように21世紀で活躍する新しい人材に求められている資質は
・情報リテラシー
・情報発信力(記述力・表現力・説得力など)
・試行錯誤をしながら正解を見つける力
・決断力
など
です。
私立中高一貫校ではこのような意識を持って環境や・カリキュラムを組んでいるところが多く見られます。それが入試問題にも表れて来ていると考えていいでしょう。
例えばどんな問題か見てみましょう。
平成18年度 横浜中学入試問題 理科
・スペースシャトルを取り上げて、「物体の重さ」「燃料のもとなる液体酸素の性質」「地球が青く見える理由」「大気圏再突入の際の熱」など多岐にわたった設問がなされています。
2002年 桜蔭中学入試 算数
・女子最難関校らしく1番の1問目、つまりこの入試問題中で最も易しい計算問題がこれです。一見すると簡単そうに見えますが、答えとなる□が玉ねぎの芯のように()でくくられて最も内側にあるためすべて逆算で求めてこなくてはなりません。
{(0.7+□)×7/15+1.2}×20/29=1
2006年 明大明治 社会2次
・「世の中を良くする3つの方法」というテーマについて、「良い世の中」とはどんな世の中なのかを問い、次にそれを実現する3つの方法を述べさせています。「ペイ・フォワード」という映画を思い出しました。素晴らしい問題だと思いませんか。
このように工夫を凝らした入試問題が多くの学校で出題されているのです。
【新しい学力を育てる】
こういった新しい学力観は世界的にも重視されています。それがPISA学力調査(OECDが行っている世界各国の15歳を対象とした、学力とそのリテラシーについての調査)などの問題にも表れています。ではこの新しい学力をどのように伸ばしていったらよいのでしょう。情報に付加価値をつけるには、考える力が必要です。他の人と異なった見方をできる方が、より仕事に貢献することができます。いわば思考法の引き出しをたくさん持っているほど様々な提案をすることができるわけです。矛盾するようですが、まずは基本的なパターンを数多く身につけることです。例えばテニスで「ラケットとボールを持ってコートで自由に打ってください」という指導しかされなかったら上手になるでしょうか?時間をかければラリーはできるようになるかも知れませんが、自己流が身についてしまいトレーニングを積んだ人と試合をして勝てるはずはありません(私が大学の教養で取った体育実技はこれで、当然のことながら上達しませんでした)。こんなテニススクールがあったらたちまちつぶれてしまうでしょう。
たくさんのパターンを身につけることで、パターンとパターンの組み合わせを編み出したり、新しいパターンを作り出すことができるのです。最近注目されているTRIZという旧ソ連の学者が編み出した発明を科学的に実践する方法は正にこれと同じです。
【活字が思考力を伸ばす】
次に、とにかく活字を読むことです。まずは好きな本で構いません。親はつい名作や推薦図書などを薦めがちですが、子どもが気に入らなければ続きません。数読む内に、色々な本を読むようになります。できれば新聞も読んで欲しいので、最初は「この記事面白いからちょっと読んでごらん」と小さな囲み記事などを読むように促してはどうでしょう。
明治時代に活躍した偉人達は駅前留学もできなかった頃に英語を自在に操り、新渡戸稲造のように武士道を英語で著したのは活字力によるところが大きいと言います。つまり当時の人はまず書物を通じて学問を学びました。学問的書物は高度に抽象的な思考で書かれています。現代でもやはり読む力が基礎になります。
多くの活字を読むことで、情報の確からしさを見極める力も育つのだと思います。
【情報発信力を養う】
子どもの場合は「社会的なセンス」を養うことが重要でしょう。小学校高学年の子どもはおとなと議論する力があります。ただ、その機会は少ないのです。そこで親子の会話が重要になってきます。日常のニュースなどについて、「何が問題なのか」「どう解決したらいいのか」をお子さんと話し合いましょう。
子どもの話を聞いても「そんな幼稚な考えはダメだ」などと否定してはいけません。子どもの論点の弱点について、「それならこんな時はどうなる?」と疑問を投げかけ、それについて考えさせます。何度かの質問にも耐えられるようになれば、それだけ深く考えることができるようになったわけです。
テレビも娯楽番組だけではなく、教養番組を見るようにしましょう。教養番組と言ってもNHKばかりでなく、「熱血! 平成教育学院」や「世界一受けたい授業」などでも良いではないですか。そして親子で話し合うとさらに有意義です。
おとなとの会話の中で自分が持っていなかった語彙(ごい)も子どもは使い始めます。そうして表現力も磨かれていくのです。
【試行錯誤を恐れない粘りを身につける】
前編で書いたように、今の子どもはレディメードで与えられることに慣れきっています。そのために思ったようにならないとすぐに放り出してしまいます。では粘り強さを取り戻すにはどうしたらいいでしょうか。
それには「自分の思い通りにならないもの」と付き合うことです。例えば生物です。犬、猫を始めとしてハムスター、小鳥、魚、両生類、は虫類、昆虫など、なんでもいいのです。植物でも構いません。生物というのは手引書に書いてある通りには育ってくれないもの。試行錯誤もつきものです。これ以上の教材はありません。
ペットが難しければ、友達と付き合うことです。それも外遊びができるような。年齢差があるともっと良いでしょう。年上の子よりも年下の子の方が思い通りにならないという点で良い先生であると言えます。
【ディシジョンメイキング】
いろいろな場面において自分で決められるようにするにはどうしたらいいのでしょう。小さな決断を積み重ねることで、大きな決断もできるようになります。決断によって失敗することもあるでしょう。それを受け入れられる心の強さが必要です。
ある人にこんな話を聞きました。幼児教室で鬼ごっこをすることになり、ある男の子が鬼になりました。するとその子は「鬼になりたくない」と泣き出したそうです。
こんな子にしないためには普段から決断の機会をたくさん与えましょう。例えば
- 外食時のメニューは自分で決めさせる。
- その日着る服を自分で選ばせる。
- トランプ、将棋、五目並べ、オセロなどの決断が必要なゲームで遊ぶ。
- 集団でルールのある外遊び(鬼ごっこ、サッカー、野球)をする。
- 試合のあるスポーツをする。
などでしょう。これ以外にも習い事でも良いのではないでしょうか。何らかの到達すべき明らかな目標があれば。それは発表会や昇段試験、試合といったものです。
明確な目標を達成するためには、さまざまな試行錯誤や努力が必要です。またこれらによってコミュニケーションの力も伸ばせることができ一石二鳥です。
こうして考えてみると、部屋にこもって勉強ばかりしていては不十分だということに気づきます。中学受験をする場合には5,6年生は塾に割く時間がとても多いので、低学年での過ごし方が大切だということがおわかり頂けるでしょうか。さらには幼児期に十分に遊ぶことがその基礎を作ります。
一人っ子が多い現代では家の中で子ども同士で遊ぶ機会がありません。ケンカの経験も非常に減っています。子どもはある時期子ども同士で遊ぶことが人間形成に重要なのです。
かつて高度成長経済までのこども達は、この点は十分だったけれども知育が不足していた、だから詰め込み型教育が成功したのでしょう。逆に現代では失われてしまった本来の子どもらしさを取り戻す必要があるということなのかも知れません。